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ドイツとちょっとだけチェコの旅

旅行期間:2010年9月 6泊7日

​旅のキーワード:古い街並み、古城ホテル

1日目:名古屋→フランクフルト

2日目:フランクフルト→ヘプ

3日目:ヘプ→ニュルンベルク→ペグニッツ

4日目:ペグニッツ→ニュルンベルク→アンスバッハ→コルムベルク

5日目:コルムベルク→アンスバッハ→コーブルク

6日目:コーブルク→バンベルク→フランクフルト

7日目:フランクフルト​→名古屋

ドイツ旅行1日目 名古屋 → フランクフルト

 

 関空からの適当なフライトがなかったので、名古屋からフィンエアーに乗り込み、ヘルシンキで乗り継いでフランクフルトへ。途中ほとんどシートベルト着用サインが点きっぱなしでトイレへ行くタイミングに苦労したことを除けば、機内食もまずまずで、機内設備も文句なしの旅路。機長は女性だった。さすがフィンランド。

 

 それにしても、よほど天候でも悪かったのだろうか。シートベルトサイン点灯中に立ち上がって荷物を取り出していた乗客が、後ろに控えた乗務員から注意、というより席を立つなと怒鳴られていた。「お客様」へ怒鳴るほどだから……。無事に着いて良かった。

 

 ヘルシンキでパスポートチェックをされたから、同じEU圏のフランクフルトでは拍子抜けするほどあっさりと外へ出ることができた。空気はひんやりとしているものの、思ったほど寒くはない。フランクフルト空港は街の中心部から近く、電車で15分ほど。

 もちろん、私たちはリムジンやタクシーなど見向きもせずに駅へと向かう。自動券売機の使い方がわからずおろおろしていると、親切なカップルが声を掛けてくれた。振り返ると、手間取る私たちの後ろには長い列。みなさん鷹揚に待って下さり、有難い。他の人の迷惑になるから、てきぱきしなくちゃ、というのはとっても日本的発想なんだな、と海外を旅していると思う。

 

 フランクフルトへ着くと、馴染みのある都会の匂いがした。中央駅からはトラムで今晩の宿へ向かう。既に日は落ちて薄暗い。幸い宿はトラムの駅の目の前で、迷わずに到着。水を買うため数ブロック先まで行ってみた。店員の兄ちゃんは携帯をいじっていて、全く商売に関心がない様子。この辺りはイスラム系の人が多い地区のよう。まだこの街の治安がわからないので足早にホテルに戻る。そのホテル。廊下の壁は全面、圧倒的なオレンジだった。気持ちが華やか、になる人がいるのかもしれない。たぶん、日本人以外なら。

ドイツ旅行2日目 フランクフルト → ヘプ(チェコ)

 

値段に比例するとは言え、ホテルの壁はもう少し厚くしてほしい…。ハネムーンだったのかもしれないけれど。夜中にはしゃぐカップルの声を歓迎できるほど寛大なわけではないし。

 外は小雨がちらついて、肌寒かった。乗り場に置いてあったのは昨日と同じ券売機で使い方はマスター済み!と思ったけれど、料金はゾーン制。中央駅までは幾らなの?妹と思案しているうちにトラムが来た。

 近そうだからきっと最低料金と自分を納得させて、慌ててチケットを購入。

 ちょうど通勤時間帯だからか道は混雑していて、トラムはノロノロと進む。途中見かけた自転車のお兄さん(お洒落でなかなかハンサム)にも抜かされる。それでも駅に着くには早すぎた。予約した列車の出発時刻まで1時間以上ある。

 

 中央駅は列車の出発地点。改札があるわけでもなく、平行に並んだレールは駅構内で行き止る。屋根はあるので雨に濡れることだけはないけれど、吹曝しだから寒い。我慢ができずトランクを開け、荷物を広げて更に着込む。ようやくミュンヘン行きの列車が滑り込んで来た時にはすっかり体が冷え切っていた。

 今日はフランクフルト・ミュンヘン間の途中にあるニュルンベルクで列車を乗り継ぎドイツとの国境沿いにあるチェコの街、ヘプまで行く。ドイツ横断の旅だ。

 妹が日本から予約していた座席は6人用の個室。先客が一名。室内は広くて何より温かくて快適。途中、サラリーマンが加わったけれど、十分な広さがあるので問題ない。穏やかに列車は走る。頭を流れる曲はもちろん、あのテーマ曲。(「世界の車窓から」by 溝口肇)

 

 フランクフルト周辺では森や川が車窓の向こうに流れたが、次第に丘陵地帯がそれにとって変わり、穀物畑のパッチワークが視界を覆うようになった。耕したばかりの黒い大地、金色に実った穂、牛が食むための草原。時折、小さな集落が顔を見せる。尖った屋根に統一された色調で、グリム童話にでも出てきそう。時々、丘の上に姿を現す風力発電機は環境への取り組みが進んでいるドイツならでは。曇天の下でも白く聳える羽は美しく、流れる風景に色を添え、旅人をメルヘンチックな気分にさせる。隣のおじさんは……たぶんならないだろうけど。

 

 列車に揺られること2時間、ニュルンベルクへ到着。フランクフルトとは雰囲気が違うけれど、窓越しに見てきた町とは打って変わって大きい。街へは出ずに先を急ぐことに決めて、ニュルンベルクからヘプへのチケットをDBの券売機で購入する。

 5カ国語から英語を選び、時刻表を確認。出発駅、到着駅を選べば、乗り換えの詳細まで検索でき、プリントアウトもできる。とっても便利。日本にも導入希望!駅構内で見つけた銀行でチェコクローネへの両替も済ます。

 

 2両編成の電車に乗り込んで、外はパリッと中はふんわりで素朴な美味しさのプレッツェルと、ずっしり中身の詰まったアップルパイを齧っていると、がやがやと年配グループが乗り込んできた。どうやら4組のご夫婦。中の二人のオバ様(正確にはおばあ様)がてきぱきと指示を下し、それなりに混み合っている車内で座席を確保。どうやって運ぶんだろうと心配になるほど大きな荷物を抱えている。私達の隣にも一組のご夫婦が座ったが、旦那様の声は一言も聞かれず。オバ様方がパワフルなのは万国共通。

 それぞれの席に落ち着いたと思った8人だったが、ほどなく立ち上がり、お互いの席を行ったり来たりで騒ぎ出す。その渦中にいたのが高校生くらいの男の子。どうやら道を教えているらしい。オバ様達の勢いに怯むでもなく、自然体。一瞬、彼らの孫かと思ってしまった。結局、一行は次の停車駅で慌しく降りて行った。

 喧騒が過ぎた車内に車掌さんが回って来た。切符の確認だ。

「ヘプまで行くの?だったら車両を乗り換えて」

 二両編成の列車は途中切り離されて、それぞれ別の方面へ行くらしい。車内表示の行き先が「バイロイト」でおかしいな、とは思っていたのだが。私達が目指す方向とは明らかに違う。

 列車が停まる気配を見せたので荷棚に上げたスーツケースを降ろそうとしたけれど、悲しいかな、手が届かない。靴を脱いで座席に上がろうとしていると、横からぬっと手が伸びてきて、あっという間に荷物が降ろされた。

「あ、ダンケ、シェーン」

 斜め向かいに座っていた男性だった。天井に頭が届きそうなくらいの長身、なのに顔はとっても小さい。青い目がキュート。ちょっと胸がときめく。ひげ面なのが残念。

 

 出口へ向かおうとしていると、先ほど検札に来た車掌さんが私達を手招きしている。どうやらちゃんと乗り換えるか心配して見に来てくれた様子。有難いけど、「大人な女性」を目指した旅には想定のない手招きだな。

 彼に続いて前方の車両に移ると、先ほどの8人グループの姿があった。成る程。車内表示は「ドレスデン」。今度は安心して座席に着くものの、うとうとする間もなく乗換え駅に到着。

 

 駅は閑散としていた。乗り換えた列車にエンジンはかかっておらず、運転手もいない。

 出発数分前になって、ふらりとやってきたおじさん。耳にはピアスが光り、とってもくだけた服装の彼が、前方の運転室のドアを開け、鼻歌交じりで機器の電源を入れ始める。

 こちらの心配を他所に列車は定刻どおり動き出す。単なる不審者ではなかったのか。

 

 乗客の多くはチェコ人だろうか。車内から聞こえてくる言葉はドイツ語ではない。もちろん、英語の放送もないから列車が停まる度に身を乗り出してホームの駅名を確認。間違って降りたら最後、1時間は待ちぼうけを食らう。

 いつ国境を越えたのかわからないままに、気がつけばヘプの街だった。

石畳の街は歴史を感じさせるが、スーツケースを引くには恐ろしく不向き。ガタガタと無粋な音を響かせながら、本日の宿へ向かう。

駅から真っ直ぐ坂を下っていくと、人で賑わう一帯に出た。ここが旧市街。

 

宿はその中心部から脇道を少し入ったところにあった。改装されたばかりとあって、清潔感が漂い、品の良いホテル。

但し、ホテルスタッフには全く英語が通じない。数字でさえ紙に書いてやり取り。

もどかしいのは相手も同じ。微妙な笑顔で誤魔化しながら説明を切り上げると、早々に鍵を渡してくれる。

  ドアを開けると正面に大きなクローゼット、左手がバスルーム、右手にベッドルーム。

バスルームだけでも昨日泊まった部屋くらい広い。

昨日のオレンジとは打って変わって落ち着いたインテリア。安眠できること間違いなし!

日本ではまず無理な贅沢。といっても1部屋1万円もしないから、本当は贅沢でもないか。

荷物を置いて街へ繰り出す。

石畳の広場の周囲をピンク、黄色、オレンジとカラフルな建物が取り囲んでいる。

その屋根の急勾配から無数の出窓が顔を覗かせていて、辺りを伺っているような様子が面白い。

 

 観光地なのに「観光客」な私達は街の中で浮いている。すれ違うのは地元民ばかりのシーズンオフ。

 

そんな中、旧市街地の端にあるヘプ城まで行ってみる。城といっても今は城壁しか残っていない。

同じくやってきたのはラブラブなカップル。まだお洒落にも目覚めていないようなあどけなさ、ながら寒さも吹き飛ばすようなラブラブぶりに当てられる。

城の周囲は広大な公園になっていたけれど、小雨がちらつく肌寒い夕方に行くところではない、少なくとも妹と二人では。。。

 

城跡のすぐ背後には、ヘプに暮らす人々の日常が広がっていた。

散歩中のおじいさんが通り過ぎ、子ども達が声を上げながら駆け回る。

私達は迷路のように入り組んだ道を気ままに歩く。古い建物の壁は剥げ、屋根瓦はずり落ちそうになっているけれど、そこに生きる人々の活気が漂っているせいか、寂れた印象はない。

 6時ともなるとどこも店仕舞い。人がまばらになった街頭では冷え込みも一段と厳しくなった気がする。

寒さを凌ぐように入ったのはチョコレート店。

時間をかけて吟味した後、二粒のチョコを購入。店を出て早速口に入れると体に染み込むような美味しさだった。

私達は列車でパンを齧ったきり。これでは夕食には物足りない。

レストランを探してみるけれど、どこも閑散としている。そもそも選択肢はあまりない。結局、ホテルの一階にあるレストランへ向かった。

 唯一のスタッフは携帯でメールをしていた。

「あの、やってますか?」

 まず、そう尋ねた。

広々としたホールには誰もいなかったからだ。

どこに座るか迷う。

隅に座るのもおかしいので、落ち着かないながら真ん中辺りに腰を下ろす。

そこへ英語のメニューを持って現れたお姉さん。英語ができるわけではないらしい。

お姉さんの説明ではよくわからなかったスープと、魚のグリルと、ポークソテーのクリームソースを注文。それからビールも。

チェコは世界一のビール消費国だと聞く。チェコ産のビールか尋ねたけれど、やはり英語は通じず。まあ良いか。きっとそうだろう。

 

 程なく彼女はどこかへ電話を掛け始めた。もしかして……。

苦味が後に残るすっきりとした味わいのビールと、しゃきしゃきした食感の残るみじん切りカリフラワーのスープが運ばれてくる間に、鼻歌を歌いながらおじさんがやって来た。

 

今から準備を始めるのか……。そもそも食材はあるのか。魚なんか注文してしまったけれど、一体いつ仕入れたんだ?

 

 そんな心配も、ビールを飲んで、スープで体が温まってくるとどこかへ消える。

思ったほど待たされることもなく料理が運ばれてきた。

お皿もしっかり温められている。見た目も上々。味は……。

美味しい!

シンプルな白身魚はハーブが利いてさっぱりとした味付け。好みに合っている。

茹でたじゃが芋はそれだけで美味。

ポークソテーはキノコのクリームソース。肉とキノコの風味がしっかりとソースに移っていて、濃厚なのにしつこくなくて味わい深い。塩加減もちょうど良い。

添えられていたのは、モンブランのクリームのような形状のパスタ?素朴な味で、濃厚なソースに合う。

すっかり満腹になって、気になるチェコデザートにはトライできなかった。

会計は・・・財布を取り出して、ようやく伝わる。

会話は成立しなかったものの、お姉さんと心は通じた気がするし、チェコ料理も文句の付けようがなく、自分達の選択にすっかり満足。

店内を流れるバロック音楽が3周目に入った時には、妹と顔を合わせて笑ってしまったけれど。

 

お腹も心も満たされて部屋へ戻る。ゆったりサイズのダブルベッドへ寝転がるとすぐに睡魔がやって来る。それを振り払うようにシャワーを浴び、せっかくなのでバスタブにお湯も溜める。

シャワー室はバスタブと別に設けられていた。のんびり湯船に浸りながら、贅沢な気分で一日を振り返る。

そして、街に響く鐘の音に耳を傾けながら幸せな気分で眠りについた。

ドイツ旅行3日目 ヘプ → ニュルンベルク → ペグニッツ

 

 素敵なホテルで爽やかな目覚め、となったのは私一人。

 妹はなんと、二日酔い。

昨日飲んだグラス半分にも満たないビールのせいだという。ワインじゃないんだから。

でも本人がそう言うのだからそうなのだろう。

私は一人で朝食に向かう。

 

場所は昨日のレストラン。やはり誰もいない。

けれどテーブルに部屋の番号札があった。私達の番号と、隣のテーブルにもう一つ、一人席がある。

ということは昨日の宿泊者は合計3名。

ガイドブックの情報では客室数は21となっていた。

経営は大丈夫だろうか。

 

一人とあって、昨日以上に落ち着かない。

支度を始めたスタッフの数の方が多い。客が少なく気を許しているのか、GパンにTシャツというラフな格好の女性が掃除道具を持ってレストランのトイレへ消えていく。

清潔にしてくれるのは結構だけど、消毒薬の匂いがこちらまで漂ってくる。

先ほどからうろうろしているスタッフの前では、私の方が場違いな気分になってくる。

お客がいないなりに、やることがあるのだろう。そもそも言葉が通じないのだから文句も言えない。

 並んだ食材からチーズとハム、パン、コーヒーを取る。店内に耳に馴染んだフレーズが流れてきて思わず苦笑。

 

 一人分にしては多目の朝食を片付けていると、スタッフの一人が近づいて来た。

何やらチェコ語で聞いてくる。

「あの、チェコ語わからないんで」

 ドイツ語もですが。と英語で言ってみる。

 すると手で丸いジェスチャー。

 もしかして卵?そういえばドイツ語でアイ。そうそうアイ。

 お腹は一杯だけど、せっかく聞いてくれたのでもらうことにする。

1、2と指を立て来るので、1個でとお願いする。料理方法を聞かれているようだけど、こちらも説明のしようがない。結局スタッフも尋ねることを諦めた。

自分で取ったものは残さないというモットーの元、どうにか他の食事を詰め込んだところへ卵がやって来る。

 

 スクランブルエッグだ。それも、牛乳でも入れているのかふんわりとした仕上がり。(もろ好み!)

 散らされたエシャロットがアクセントで、なかなかいける。

 でも、量が多い。これは卵1個分ではない。

 そういえば、私は人差し指を立てて1つといったけれど、こっちでは親指、人差し指、中指で順に1、2、3となるんだっけ……。

 出されたものは食べなければと意地になって完食。

 

 そんな話を部屋に戻って妹にしかけると、「ちょっと、食べ物の話はやめてよ!」と怒られてしまう。

 とても朝のお散歩、なんて行ける状況ではなさそう。人生初の二日酔いというから、記念すべき思い出にはなるのかもしれない、今後の話だけれど。

 

 私は一人ヘプの街へ出る。お土産に絵本が買いたかった。

近くの本屋に入るとカウンターに座るおばさんに胡散臭そうに睨まれた。

街ではほとんど見られないアジア人だから?挨拶程度のチェコ語を調べてくるんだった。

 時間もあまりないので薄くて持って帰れそうな本を購入。チェコ語で何か質問されるけれど、全くわからない。

 ありがとうを言いたいけれど、チェコ語のそれは舌を噛みそうな長さだと、先に出た客の言葉を思い返す。仕方なくダンケと笑顔を店員に向けて店を出る。

 電車の本数が限られているので、よくわからないままのチェックアウトの時間がどうであれ、妹の具合がどうであれ、部屋を出なければならない。

 旧市街地から駅までの坂道は意外ときつかった。

 おまけに雨が降り出した。

 それでも必死に駅を目指した結果、目的の電車に間に合った。

 ヘプの街との別れを惜しむ間もなかったなー。

 

 ドイツ行きの列車は混み合っていた。

二人席は空いていなかったので、年齢不詳のおじさんの横に座る。

山小屋に籠もっていそうな雰囲気。

しばらくするとそのおじさんは大きなバックからごそごそと何やら取り出した。

横目で窺うと、ローストチキンとパンだった。

チキンは丸のまま、もしくは半身。

オーブンから出してそのまま包んで持って来たに違いない。

器用に手で裂きながらパンと共に食べている。

豪快すぎるランチタイム。

 

 行きと同じく、ドイツに入ってすぐの街で電車を乗り換える。

電車が時間通り来なくて心配になって周囲を伺うと、そわそわしているのは私達だけじゃない。

ホームの電光掲示板には電車の遅れを知らせる表示(日本だけじゃないのね!)。

アナウンスも流れてくる(全くわからないけど。)

そういえば、イギリスを旅した時は何の断りもなく平気で1時間とか電車が遅れてたよな。

ドイツの国民性にちょっぴり親近感を覚える。

 二十分ほどして到着した列車に乗り込み、再びニュルンベルクへ。

 駅前の職人広場を抜けて、街へ出る。

 

 ニュルンベルク名物の焼き菓子、レープクーヘン屋を見つけ、思わず足を止める。シナモンが利いた味そのものより、お菓子を入れた缶がかわいくて即買い。店のお兄さんはとても愛想が良く、それだけで、雨のせいで少し陰鬱としていた気分も盛り上がる。

 雨は降ったり止んだり。

 そのせいか、まだ2時過ぎだというのに中央広場のマーケットはほとんどが店仕舞いをしていた。

 願い事をしながら3周回し、誰にも言わなければ願いが叶う。

 そんな逸話の残る金色の輪があるは「美しの泉」。

 その泉に聳える金色の塔が、マーケットに立ち並ぶ店と、観光客が差す傘の間から姿を見せている。

 鈍い色の空の下では輝きも半減。

 有名な金の輪は思ったより高い場所にあった。

 私達より遥かに大柄な欧米人が手を伸ばして輪を回している。

 日本人平均身長を下回る私達。

 抱え上げてくれる素敵な男性がいればなぁ、とカップルを横目で見つめたりはすまい。。。

 その向かいの土産物の前でウィンドウディスプレイを見ようと振り向いた瞬間、目が合ってしまった。

 にこっと笑って話しかけてきたのはアジア系アメリカ人。一人旅をしているという。

 同じアジア系ということで親しみを感じたのか、一緒に食事でも、と誘ってくる。

 この後、今日の宿であるペグニッツまで行かなければならない。

 観光に割ける時間が限られている。

 そもそも私は、このお店が気になっている。

「お腹が空いてないならお茶でも……」

 一人旅の寂しさを知らないわけではないけれど、丁重に断った。

 

 実の所、お腹は空いていた。

 ニュルンベルク訪問の目的の一つでもあるソーセージを制覇するため、ソーセージ専門店に寄る。

 小さな店内は人がすれ違うのもやっとで、満席だった。

 先ほど、ソーセージの挟まったパンを手に店から出てきた若者がいたから、テイクアウトも可能なはず。

 ここで順番を待っている時間は惜しい。

 だけどテイクアウト方法がわからない。

 忙しなく行き交うスタッフは私達には目もくれない。 

 

 数分後、ようやくホールを取り仕切っている(つまり何も料理を運んでいないので、他の人より暇そうな)おじさんに訴えて、レジでお金を払い、メモを受け取った。

 でもそのメモをどうしたら良いのかわからない。

 更にまごまごしていると、ウェイトレスが気づいて身振りで中央を指す。

 ソーセージはカウンターに囲まれた店の中央で、香ばしく焼かれていた。

 カウンター越しにメモを渡し、ようやくオーダーが通る。

 すぐに、湯気の立つソーセージ3本がパンに挟まれて出てきた。

 

 いつの間にか私達の後ろにはテイクアウトを待つ客が並んでいたので、そそくさと店を出る。

通りで早速頬張ると、表面をこんがり焼かれた熱々のソーセージから肉汁がじわっと零れた。

 腹ぺこだったはずなのに、食べきれないくらいのボリューム。

 これで€2。

 大満足。

食欲が満たされると元気も復活。

緩やかな坂道を上りながらカイザーブルクを目指す。

カイザーブルクはその言葉通り、神聖ローマ皇帝の城だった。そこから街が一望できる。

皇帝も自分の治める国を見下ろして物思いに耽ったりしたんだろうか。

城の周囲を西に向かってしばらくすると、ドイツ・ルネッサンスを代表する画家、デュラーが晩年を過ごした家が現れた。

白い壁に赤く塗られた木組みが映える。経た年月のせいか建物自体が歪んでいる。

おもちゃの家みたい。

 その前を過ぎ、入り組んだ道を今度は下っていく途中、ピピピッ。アンテナが反応。

 数人で入れば一杯になってしまうほどの小さなお店。

 切り絵のカードを売っている。

 何時間でも過ごせそうな空間で吟味を重ね、お土産を購入。

 それから一息に街中まで。

 

 ニュルンベルクの町はペグニッツ川によって北の旧市街地と南に分けられている。

 その川に掛かる橋の景色が素晴らしいと本にあったので、ミーハーな私は是非見たかった。

 ちょうど川の近くまで来た所、背後から声を掛けられた。

 ドイツ語にきょとんとしていると、そのおじさんは英語に切り替えて話し始めた。あまり上手くなくて、とおじさんは笑ったが、私達もそうなんですと笑い返す。

 船乗りだったという彼は富士山に3回も行ったんだと自慢気に話してくれた。

 3回登ったのか、3回麓まで行ったのか。

 追求は止めて、拙いながら日本語を披露してくれたおじさんとの出会いにほのぼのする。

 川に掛かる橋は確かに絵になる風景だった。雨でなく、その一本が工事中でなかったら、と欲張る気持ちは脇へ押しやっておこう。

 かわいらしい街並みを後に駅へ向かう。

 人が溢れる街の中心部はどこかで見たような光景。見慣れたカジュアルブランドの看板に、コーヒーショップ。

 今の私達が求めるものはなく、駅までの道がひたすら長く感じられる。

 そうしてやっと駅にたどり着いたものの、これからまた電車に乗り、今朝通り過ぎてきた町、ペグニッツまで戻らなければならない。

 なんだって、ロスの多いこんな計画を立ててしまったんだ。。。

 ペグニッツまでの電車はとても混み合っていた。

 座席を確保できなかった大学生らしき数人が通路に座り込んでいる。

 ガタイの良い彼らは文字通り通路を塞ぐ格好。中にはビール片手の者もいる。

 それでも車掌さえ気にした風がないのは、人が来ればさっと避けるだけの分別は持ち合わせているから。

「今時の若者」な彼らながら、その井で立ちは泥はねしたボトムに大きなリュック、しっかりと足を覆うシューズ。地図を広げているところからすると、トレッキングの帰りだろうか。

 アウトドアが盛んな国だから、若者の遊びも自然とそうなるのかも。

 

 降り立った駅からはすぐに坂道が伸びていた。町は斜面に沿って広がっている。

といっても、本当に小さな集落。

 駅周辺にはガソリンスタンドくらいしかない。

 お城といえば、高台にあるもの。

 スーツケースを引きながら、googleマップでプリントアウトした地図を頼りに上っていく。

「ねえ、お城、見えないよね。こっちで合ってるの?」

 肌寒い気候なのに、すっかり汗だくになってしまった。

 住宅の間を歩いていると、一軒の民家のドアが開き、人が出てきた。明らかに怪訝な顔でこっちを見ている。落ち着いた住宅街への無粋な侵入者。

 これを逃すともう誰にも出会えないかもしれない。

思い切って尋ねると、やっぱりね、という笑顔で道を教えてくれた。

 聞いてよかった。

 危うく通り過ぎるところだった。

 6時までに来てね、と宿の人から言われていたので、そこから猛ダッシュ、したいところだったけれど、示された道は舗装がされていない。柔らかい土の上では車輪は役に立たないから、スーツケースを抱えてヨタヨタ行くしかない。

 城の裏手に出たときには五分前だった。

目の前には立派な城壁が聳えている。記念に写真撮影、と思っていると、

「もう、時間がないって。先行くで!」

 焦る妹に置いていかれてしまう。

 私達は大幅に遠回りして来た上に、裏口に着いたようだ。

 城壁に囲まれた一番奥に建っていたのは、城と呼ぶにはこじんまりとした建物。

その前に広がる庭もアットホームな雰囲気。

「あの、予約していたんですけど」

 出迎えてくれたのは、民族衣装に身を包んだオーナーの娘さん。

チャーミングな笑顔が私達の心を掴む。

FAXまで送ったのに連絡がない、メールくらいくれたっていいじゃない、予約出来てるかもわかんない!と文句を言っていた妹もすっかり上機嫌。

 

 天気が悪かったこともあって、城内のレストランで食事をすることにした。

最もこの町に別の選択肢があるのかどうかも疑わしい。

 

 娘さんは、今度はウェイトレスとして立ち働いていた。

宿泊客だけでなく、地元の人もやって来ている。レストランといっても6,7組くらいしか入れないのですぐに一杯になった。

 昨日の教訓を生かしビールはパス。

ポテトクリームスープ、サラダ付きのビーフシチューを一人前注文。それでも二人には十分だった。

クリームスープはハーブが利いて美味しいのに、残念ながら塩辛い。

ビーフシチューは、未体験の味だった。

酢漬けの肉とメニューにあった通り、酸味のある肉。それからアイスクリームのように丸く盛られたマッシュポテト、と思いきや、やけにもっちりしていて、お腹に応える、これは一体……。

ガイドブックによると、ドイツの伝統料理、クネーデル。こちらも酸っぱい味付けが。うーん。濃厚なシチューにはあっさりマッシュポテトを所望する!

 またもやお腹一杯で、天蓋付きベッドに寝転べば、お姫様気分でおやすみなさい。

部屋のそこここに干された下着も、目を閉じてしまえば問題ないし。

 

ドイツ旅行4日目 ペグニッツ → ニュルンベルク → アンスバッハ  → コーブルク 

 今日は二人で朝食を摂る。ライ麦パンにチーズにハムでドイツを実感。

ホテルを立つ前に散歩に出かける。

崖に切り立っている石造りの塔は古城の名に相応しい。

城壁に沿って歩いていると、一匹の猫が寄ってきた。ちょっと撫でてやると甘えた声を出す。

私達は橋まで行ってから城壁の反対側に立つ塔へ上ることにした。その間も猫はとことこ私達の後ろを着いて来て、私達が止まれば止まる。

 塔の内部には階段が設けられ、上まで上がれるようになっていた。

かなり急で息が切れてくる。

途中でお腹の大きい妊婦さんとすれ違い、引き返そうかと思った自分を恥じる。

登ることを諦めたのか、いつの間にか猫の姿は見えなくなっていた。

 

 天辺まで上がると切り取られた窓から四方を見渡せるようになっていた。

ただでも高台に立っていて、他に高い建物もないので、遠くまでよく見渡せる。

長閑な景色がどこまでも広がっている。

 一運動を終えて下まで戻ってくると、猫はちゃんと私達を待っていた。

庭を横切って宿の玄関に向かう間もひょこひょこ付いて来る。

こんな姿見せ付けられたら犬派だって宗旨替えしてしまう。

 後ろ髪引かれる思いで城を出発。

今度は真っ直ぐ駅までの道を下ると、あっという間に到着。

切符を買っている間に停車していた電車が出てしまう。

「うわ、どうしよ。電車、乗り遅れたやん!」

 

 いつものように妹と口論が始まった時、怪しげなおじさんがドイツ語で話しかけてきた。前方を指しながらしきりに何かを訴えている。だから、ドイツ語はわからないんです。

 

 あまりに真剣なのでちょっと怖くなる。どうしても通じないと諦めた彼が離れて行き、正直ほっとしていると、背後から英語が聞こえてきた。

「ニュルンベルク行くの?だったら、前の乗り場からローカル線が10分後に出るから、それに乗ったらいいよ」

 言われたとおり、前方にある一段と幅が狭くなったホームへ歩いていくと、先ほどのおじさんがいた。

 後ろめたい思いで「ダンケ」と告げる。おじさんは笑顔…だったと思いたい。

 

 やってきた電車は各駅停車。

もう何度目かのルートだけれど、これまで速過ぎてよくわからなかった街並みを存分に楽しむことができた。

 

それと引き換えになったのがニュルンベルク滞在時間。

本日の宿はコルムベルク。ニュルンベルクからはまた少し西へ向かわなければならないから昼にはこの街を出なければ。。。

 私達は列車を降りてすぐ、駅から歩いて十分程のゲルマン博物館へ向かった。

立派な博物館なのに、来館者は驚くほど少ない。あまりに人気がないので入り口を通り過ぎてしまったくらいだ。

 

まずはロッカーに荷物を預ける。

機内持ち込みサイズのスーツケースだったのが幸い。

ぎりぎりの大きさだ。もう、傷については気にならなくなった。

とにかくロッカー自身も想定外のそれを無理矢理押し込んで、展示を見始めると、係員のおじいさんが寄って来た。

「ちょっと、あなたのそのリュック。預けてもらわないと」

 笑顔で小言を言われる。

妹は貴重品を入れたリュックを背負っていた。

許してくれそうもないので、それを置きにロッカーへ引き返す。

やれやれと思って、見学を再開すると、またおじいさんがやって来た。

「あなたのそれも、ちょっとなぁ。作品を傷つけでもしたら……」

 今度は私のショルダーバックに文句をつける。

なら、さっき言ってよ。他の人も貴重品は持ってるでしょ!と反論するとまた何か言われそうなので

「そうですね。気をつけます!」

と笑顔で返しておく。

 おじいさんはそれでも私達を放そうとしなかった。

「この絵はね、デュラーの母親のものでね。十八人の子宝に恵まれたけど、その内の十五人は他界してね。ほら、彼女の目は亡くなった子ども達をみつめているんだよ」

 いや、あの、デュラーのお母さんには興味ないんで。

 ちょうど新たな鴨じゃなかった、見学者がやってきたので、これ幸いと私達はその場から逃げる。

 

 絵画コーナーを足早にめぐって楽器コーナーへ向かう。

 廊下がやたらと長い。

 考えていたよりずっと内部は広かった。展示を見ている時間と移動している時間は同じくらいだったかもしれない。

 たどり着いた楽器コーナーで目を引くのはずらりと並べられた鍵盤楽器。それから再現された楽器工房。

 そういえば私達の持っている弦楽器もドイツ生まれだ、なんて感慨に浸っているうちに電車の時間が迫る。

 他の展示も素晴らしいのだろうが、泣く泣く諦めて駅へ取って返す。

 まずアンスバッハまで列車で向かい、そこからバスに乗ってコルムベルクを目指す。

 バスだと一々アナウンスも流れないし、どこで降りるかがわからない。乗車の際、運転手にコルムベルクに行くからと伝えたものの、理解されたのか甚だ怪しい。

 更にその運ちゃんが覚えていてくれる保証はないと、過去の教訓から学んでいる。

 目的地への到着予定時間だけは調べていたので、時々腕時計を確認し、自分を安心させる。

 

 アンスバッハをあっという間に抜けて、バスはひたすら畑の中を走る。

 乗り降りする人はもちろん、車とすれ違うことも滅多にない。

 だからバスは高速でもない細い田舎の一本道をびゅんびゅん飛ばす。

 速度が落ちたなと思ったら、集落に近づいた証拠。家々の間をゆっくり通りぬけて、また次の集落へと向かう。

 「ねえ、あれじゃない」

 妹に指差された方を見遣ると、小高い丘の上に建つ塔のような建物が見えた。

 起伏がなだらかな地域だけに、遥か遠くまで見渡せる。到着予定時間も迫っているし、他にそれらしき影はないから、きっとそうだろう。

 

 そうして全く気が休まらなかったバスの旅を終え、降り立ったのはひっそりとした町。

一緒に降りた男の子が去ってしまうと、誰もいなくなった。

ここが町の中心だと言われなければわからない。町中の人が知り合いでもおかしくないくらいの規模だ。

 約束の時間に二十分ほど遅れて、宿から迎えのおじさんがやって来た。もう忘れられたんじゃないかと諦めかけた頃に。

「古城ホテル」からの迎えとは思えないほどラフな格好に、それがぴったりなボロいバン。

後部はトランク。座席は運転席とその隣しかない。

私達はぎゅっと詰めてその唯一空いた席に座る。

もし大女だったらどうする気だったんだろう。

 

 おじさんは英語が全くできないので、道中は無言。来た時からおじさんの機嫌は良くないようだった。こっちもだけど。

幸い、バス停からは五分で着いた。

微妙な空気でチップを渡しそびれてしまった。仕方ない。

 

 けれど、建物内部に一歩足を踏み入れると、そんなもやもや気分は一気に吹き飛んでしまった。

「古城」に相応しく、時の流れが刻まれた数々の調度品。軋む床。木製の階段は長い年月を経た証拠に中央が窪んでいる。

階段を上がった広い踊り場は書斎スペースになっていて、どっしりとした本棚が応接セットを囲んでいる。

更に上がると、鹿の角や剥製がこれでもか、と壁一面に並んでいた。

そして私達が泊まる部屋。

 

 ドアを開けると、豪華な二つのベッドと、石造りの壁を大きくくり貫いた窓が目に飛び込んできた。

窓によって切り取られた景色は絵画のように部屋を飾る。

入り口横には大きな鏡台と、反対側には立派なワードローブ。

木製のベッドと鏡台の縁には見事な彫刻が施されている。

天井は高く、傾斜していて、屋根を支える木製の梁が見える。バスルームは白で統一され、タブにはジャグジーまで付いている。

窓辺に腰掛ければ、遥か彼方で山々によって縁取られる緑の大地が見渡せる。

わざわざここまで来た甲斐があった。

 まだ日も高かったので、町を探索してみることにする。

城の周囲はゴルフ場になっていて、鹿が何頭も草を食んでいた。

坂道を下りきったところがメインストリート。

バス停の前を通り過ぎ、恐らく町で唯一のスーパーで、お客さんに通訳してもらいながら切手を買う。

その数軒隣りが雑貨屋、なのか花屋、なのか。またもやアンテナ反応。

花や鉢植えと共にオーナメントやガーデニングにぴったりな小物を売っている。店員さんの笑顔も素敵。

 

 集落の合間を気が向くままにぶらぶらしていると、奇妙な物に出会った。

玄関先に立てられた2メートル程のポール。先端には鳥がついていて、その下には子どもの服や靴がぶら下がっている。

すると偶然、先ほど切手を買う際に助けてくれた若いお母さんと子ども達がやってきた。

「ああ、これね。ここは最近結婚したカップルの家でね。彼らは今、新婚旅行中なのよ。これは子宝に恵まれるように、って意味があって、この辺りの風習なの」

 よく見れば、先に付いた鳥がくわえているのは小さな赤ん坊。そうか、コウノトリだったのか。

「私は、やらなかったけど」

と彼女は笑った。

 でも、かわいい子ども達を授かったってわけだ。

 素敵な再会にちょっと幸せな気分を分けてもらって、手を振って彼女と別れる。

 

 夕食はホテルに併設しているレストランで。

前菜、スープ、メインディッシュから一品ずつ注文。

ウェイトレスは気を利かせて

「全部、いっぺんにお持ちしましょうか?」

と尋ねてくれた。

今まで入ったどのレストランより格式高い雰囲気だったし、せっかく優雅なお城滞在しているのだから、ワインを傾けながらフルコース、という大人な女性に成りきりたいところだったけれど、胃袋は急には大きくならない。

 

 前菜はスモークフィッシュの盛り合わせ。彩りも美しく、繊細な味。

ホイップクリームのように絞り出して添えられていた西洋わさびと共にいただく。

幸せ。

それから肉団子入りのスープ。南ドイツ名物の細長く切ったクレープ生地が入っている。

そしてチーズとハムを挟んだカツレツ。サクッと仕上がっているので、ボリュームはあるけれど、くどくなりすぎず、存在感のある一品。

もちろんドイツパンもついてきて、二人で分け合っても十分過ぎる量だった。

 満腹のお腹をジャグジーの泡の中に沈めて、温まった体でベッドに潜り込りめば、瞬く間に睡魔に襲われる。せめて夢の中だけは淑女になりきることとしよう。

 

ドイツ旅行5日目 コルムベルク → アンスバッハ → コーブルク

 当然ながら、朝食もかつて見たことがないほど豪華だった。

ハムやチーズにこれほど種類があったのかと、美しく盛り付けられたそれらをうっとりと眺めてしまう。

焼きたてのライ麦パンも堪能し、満ち足りた気分でホテルを出発。

今日は宿を取っていない。というわけで、どこへ行ってもいいわけだけれど、ニュルンベルクまで戻って北上し、コーブルクを目指すことにする。

 

 ニュルンベルク行きの列車は1時間後だったので、バスを降りた後、アンスバッハの街をぶらっとする。

コルムベルクや途中に通過してきた町からみると規模が大きく、雰囲気も随分と異なっている。

 妹曰く、

「フランスの香りがする」

 確かに、これまで見たドイツの街とは様子が違って、重々しさがない。

1時間はあっという間に過ぎ、列車の旅を再開。すっかりお馴染みとなったニュルンベルクで電車を乗り継ぎ、コーブルクへ。

 駅を出ると、思ったよりずっと大きな街が広がっていて、衝撃を受ける。

ガイドブックに乗っていなかったので、すぐに一周できるくらいの街を想像していた。あまり調べてこなかったのも、そう高をくくっていたから。

 とにかく、インフォメーションセンターを目指すことにする。

 右も左もわからないので道を尋ねるものの、英語が思うように通じない。

 

 スーツケースを引きずりながら街をうろつき三十分は経過。

バスロータリーまでやってきたところで、バスを待っている女の子が目に入った。

「あの、インフォメーションセンター、探してるんだけど」

 大学生から三十代くらいの人にはわりと英語が通じる。

「私はわからないけど、ちょっと待って」

 そう言って、他の人に聞いてくれた。

「向こうにあるみたい。時間があるから一緒に行くわ」

 彼女の方がきっとだいぶ年下なんだろうけれど、気分は同世代で、話も弾む。

「ああ、ほら、あれ、何だっけ」

 時々、英語が出てこないわ、と苦笑いする彼女に、そうだよね、と相槌を打つ。

 彼女のおかげで無事にインフォメーションセンターに到着。

ありがとう!

 

「あの、ユースホステルがあるって聞いたんですけど。空いてますか?」

 ドイツと言えばユースホステル発祥の地。

優雅な旅を目指しているとはいえ、一回くらいは本場で泊まってみたい。

「ああ、あそこは今、閉まっているわよ」

 そこそこ大きなホステルがあると事前にチェックはしていたけれど、クローズしているとは予想外。

「あ、じゃ、ホテルとかでいいです」

 パソコンを叩き出したスタッフの顔が曇る。

「信じられないわ!」

 街中の宿で空室があるのは一部屋だけだという。

 年に一度のフリーマーケットが明日催されるせいじゃないかという彼女自身が一番驚いている様子。

 何軒か電話もかけてくれるけれど、良い返事はなかった。

「この、空いている部屋だけど、ちょっと、あなた達には高いと思うわ」と、選択肢からは外している様子。

 いや、もう、高くても何でもここまで来たのだから泊まります!

 

 提示された金額は二人で€135。

一体、どれだけ貧乏そうに見えたんだ、私達。

 念のため電話で空き状況を確認してくれて、宿までの道順も詳しく教えてくれたので、直接宿まで向かう。

 呼び鈴を鳴らすと上品なおばあさんが姿を現した。

「あの、空き室があるって聞いて来たんですけど」

「あら、まあ、何かの間違いだわ。今日は満室よ。明日なら空いているんだけど」

 何でも半年前から予約している人もいるくらいで、とても飛び入りで泊まれる状況ではないという。

 ごめんなさいね、という彼女を疑いたくはないけれど、打ちひしがれた私達は疑心暗鬼に陥る。

 さっき、インフォメーションのスタッフが他の宿に電話している中で、何人かと国名を聞かれたことを思い出す。

 答えた後で、だめだ、と告げられた。

 そういえば、街ではアジア人をほとんど見かけない。もしかしたら、日本人だから……。

 この街に宿はない。となれば違う街へ行くしかない。

ネットカフェで調べることに決めたものの、どこにあるか検討もつかないので、急に重くなった気がするキャリーを引っ張りながら、インフォメーションセンターへ戻って、ネットが使える場所を聞く。

 泣きそうな気分になりながら、振り出しに戻る。

ネットカフェは駅にあった。

 

Part 2:捨てる神あれば拾う神?あり

 

 びっくりするほどスローな回線にイラつき、ちょっとしたことで妹と口論になりながら画面を見つめるが、思うように見つからない。

使用時間の三十分が経とうとする頃、胡散臭いおじさんが近づいて来た。

五十代後半くらい。もじゃもじゃのひげにくたびれたジャケット、年季の入った小さなトランクを抱えている。

「$%#!!」

 ドイツ語はわからないと言っているのに(英語なので通じていないと思うけれど)構わず話しかけてくる。
 第二外国語がドイツ語だったという妹が必死に十年前の記憶を辿って、どうにか理解したところによると、自分が泊まっている宿を紹介してくれるという。

 おじさんは私達のためにわざわざネットに接続して、宿のサイトを開いて見せてくれた。

それから付いて来い、と身振りで示し、店を出て行く。

他に縁のない私達は慌てて彼を追いかける。その宿まではバスに乗っていくらしい。

けれど、宿に空き室があるのか、この街からどのくらい遠いのか、私達は何もわからない。

そもそも、小さいときに教えられたではないか。

知らない人に、付いて行ってはいけません。

 

 詳しいことを聞こうと試みるも、全く通じない。

バス停に着いてしまった以上、バスが着たら乗るしかないのか……と不安に思っているところへ、大学生らしき女の子がやってきた。

「あの、ちょっと、すみません」

 慌てて話しかけ、これまでの事情を説明すると、英語も堪能な彼女がおじさんに通訳してくれた。

更に携帯を持っているから、部屋が空いているか確認してくれるという。

「大丈夫だって、空いてるよ」

 気さくな彼女の笑顔に安心し、更に注文を付けてみる。

「あの、私達、まだこの街の観光していないので、後から行くって伝えてもらえますか?」

 そうしておじさんと別れ、今夜の宿も確保したので、改めて街へ向かう。

 疲れ果てていた私達は、とりあえずお茶することにしてカフェに入った。入ったはいいけれど、ここでもウェイトレスのお姉さんに英語が通じない。 

 メニューはドイツ語。唯一まともに理解できたアイスを頼む。  

 人心地ついて街を歩くと、その良さがわかって来た。 

 通りにはかわいい雑貨屋やちょっと気になるレストランが並んでいる。人気のない細い路地にも殺伐とした空気はなく、街全体がのんびりと休日を過ごすには打って付け。

 私達は軽く夕食を調達してからバスに乗った。
 バスの運転手に、おじさんがメモしてくれた宿の名前を見せるとわかったように頷いたから、もしかして、この辺りでは有名な宿なんだろうか。
 ドイツ語のホームページを見たとはいえ、どこにあるのか、どんな場所なのか私たちにはわからなかった。その上、日が暮れて暗くなってしまったから、不安は膨らむ一方だ。
 
 そんな私達の胸中などお構いなしに、バスは街中を抜け、郊外へと快調に走る。街からはどんどん離れてしまう。
 徐々に乗客が少なくなった頃、バスが止まり、運転手が振り返った。
 どうやら、目的地に着いたようだ。
 
 辺りは一面、霧に包まれていた。
 バスを降りたすぐ目の前、霧の中に浮かび上がる建物から賑やかな声が零れて来る。
 きっとここに違いない。ここでなかったら、もう見つけられない。
 
 周囲を流れる水路から、鼻に纏わりつくような、何ともいえない匂いが漂ってくる。
 野宿を避けられるのならどんな場所でも良いから宿が見つかりますように、と心の底から祈ったが、その祈りを今から撤回しても許されるだろうか。
 
 ドアを開けると、途端に私達は好奇の目に晒された。
 お世辞にも上品とはいえないスタッフの一人が何の用かな、と聞いてくる。


「あの、今晩、泊まりたいんですけど」
「え、今晩?いや、無理だよ。空いてない」


 何、またしても!?
 もう辺りは真っ暗で霧も出ている。
 ここまで来て諦めたら本当に野宿になってしまう。
「でも、さっき電話したら、空いてるって言ってましたよね!ドイツ人の女の子が電話したはずです!」
「あれ、いや、ああ、ほんとだ。空いてるよ、一室」
 鍵が違うとこに入ってたよ、なんて大げさなジェスチャーをしてみせる彼。
 カウンターにいる他のスタッフもにやにや笑いながら私達のやり取りを聞いている。
 こっちは肉体的にも精神的にも冗談に付き合う余裕なんてない。
 とにかく部屋は確保できた。早速、向かおうとすると、カウンターにいた別のスタッフが
「謝謝!」
と言葉を投げてきた。
 日本人です!と訂正する気力も最早ない。
 部屋は思ったより清潔で、手作り感漂う木製の調度品でまとめられていた。バスルームもとても狭いけれど、一応、室内についている。
 ただ、もの凄くタバコ臭い。
 持参してきたフレグランスが役立つ時が来た。
 ここぞとばかりに噴射しまくる。
 結局、おじさんには素直に感謝することにして、目まぐるしい一日を終えた。

 

ドイツ旅行6日目 コーブルク → バンベルク → フランクフルト

 部屋のタバコ臭さも睡魔に囚われた後は全く気にならなかった。昨日の怒涛の一日が嘘のように穏やかに目覚めると、窓の外はまたしても深い霧。

 朝食前に帰りのバス停とバスの時間を確認しておこうと外へ出てみる。肌にしっとりと空気が張り付き、吐く息は白い。
 その後、食堂へ向かったが、どうやら二番乗り。男性というよりまだ男の子と呼ぶ方がしっくりくる一人が食事を終えて立ち上がるところだった。
 
 どこからか寄せ集められてきたテーブルと椅子がぎっしり並んでいるそこは、学校の食堂のよう。それでいて、テーブルには白いテーブルクロスがかけられ、歴史ありそうな置物や飾り皿が秩序なく壁面を彩る。部屋を照らす灯りは、ランプが8つ付けられる立派なシャンデリアタイプなのに、半分は球が切れている。

なんだろう、この絶妙なチグハグ感。
 元は立派なお屋敷だったはずなのに、どこで間違ってしまったのか。
 縁の欠けたポットから注いだコーヒーをジーンズ姿の若者が啜るこの状況を、この屋敷はどう思っているのか気になるところ。
 思いの外、ハムやチーズ、それからパンの種類が豊富で、たっぷりのコーヒーを楽しむことができたので、私達に不満は・・・・・・ない。残念感は漂ったけれど。
 
 ところで、ドイツで食事をしていたときに度々目にしたのが、各テーブルに載せられた容器。見た目は小さいゴミ箱とかバケツといった感じ。
 一体何に使うのか、結局聞きそびれてしまった。
 
 食事を終えて席を立つと、なんとあのおじさんと出くわした。
 ありがとうという言葉は本心からながら、素直に再会を喜べない私達。またしてもおじさんは強引に話を進め、必死に妹が理解した結果、昼食を一緒にどうか、と言っているらしい。
 私達はおじさんに残り時間を捧げるほどの自己犠牲心を持ち合わせていなかった。
 どうにか英語で捲くし立て(よく考えれば日本語でも同じようなものだったのだが)、ランチを共にするような時間はないことを納得してもらう。
 おじさんは最後に、宿を出る次のバスをくどい程念押ししてくる。
 どうも私達の言語レベルと知能レベルを混同されているような気がする。時刻表を見せられた上で、大きな字でバスの時刻をメモし出した。
 ダンケ…。
 
 チェックアウトをお願いしたおばあさんは英語が丸っきりだったけど、昨夜のような、恐らくアジア人への特別な視線もなく、途中で呼ばれた若い女の子を通訳に、ちゃんと朝食を食べたのか心配してくれる。それが無性にほっとして、嬉しかった。
 二人で48ユーロ!を支払い、宿を出る。
 後でわかったことだが、そこはGasthofという1階はレストラン、2階以上が客室になっている小規模な庶民的な宿の一つで、図らずも、また一つドイツ文化に触れることができた。
 
 バス停へ向かおうとすると、あのおじさんがタバコをふかしていた。
 今度こそお別れしたいという思いから、大きな声でダンケシェーンと告げながら、足早に立ち去る。
 

 しかし、バスはすぐには来なかった。
 

 待っている間に、想像したとおりの展開になった。
 笑顔でおじさんがやって来る。曖昧な笑みを交わし、ほとんど無言でバスを待つ。
 もっともおじさんは何やらつぶやいていたけれど、こちらには全くわからないのだから、仕方ないと無視を決め込む。
 
 彼が理解したのか定かでないものの、私達は午前中にバンベルクへ向かうので時間がないと説明していた。
 けれど、まだ時刻は9時前で、私達はコーブルク最大の見所で、この街に来た目的でもある要塞を見ていない。
 やって来たバスに乗り込んだものの、このまま乗っていればおじさんと共に駅へ向かってしまう。
 そこで私達はひそひそと途中下車することに決めた。日本語を解する人が周囲にいなくて便利な点も確かにあった。少なくとも密談には。
 
 要塞は巨大な公園の一画に建っている。
 その公園前で下車する人々に続き、おじさんには短く挨拶を告げてさっさと降りる。
 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、おじさんもバスを降りている。
 私は方角も確かめず、慌てて歩き出した。おじさんの存在に気がついていない妹は、勝手に歩き出した私に文句を垂れながら追いかけてくる。
 そうして後先考えず、広大な敷地を進み出したことを後々激しく後悔するのだが、その時は強迫観念にも似た思いで、おじさんから離れることしか考えていなかった。


 幸い、おじさんは追ってこなかった。
 もし、この公園のことを知っていたのなら諦めてもおかしくない。それくらい、私達が足を踏み入れた公園は広かった。
 一旦歩き出せば、歩くしかない。
 もちろん、荷物を預けられるような場所も見当たらなかった。
 公園といっても、平地に広がっているわけではなく、丘陵を丸ごと整備しました、という感じで、途中にはグラススキーができそうなほど見晴らしの良い緑の斜面が広がっていたりする。
 
 すれ違うのはマラソンを楽しむ市民や犬の散歩中のカップル。
 当然、要塞はその丘の天辺に位置している。
 
 スーツケースを引きながら木々の合間をひたすら歩く私達は場違いというより、滑稽に見えたかもしれない。手を離すとあっという間にケースはすべり落ちていくので、写真を撮るにも注意が必要。
 まさかスーツケースを引きながらこんな坂道を延々歩く酔狂者がいるなんて、スーツケースメーカーも予想しなかったに違いない。普段は便利な4輪タイプなのが恨めしい。
 
 歩き辛いブーツを履いてきた妹はどんどん遅れ、最終的には全く無口になってしまった。スニーカーの私はまだましだったはずだけれど、妹を気遣う余裕なんてなかった。仕方ない。それも自業自得。人間、何か(オシャレ)を得るためには何か(快適さ)を諦めなければならないこともある。

 1時間近く歩き続け、目的地にたどり着いた時には完全に息が上がっていた。 

 やれやれ、と思ったのも束の間、目の前の光景が更に私達を憂鬱にさせる。

 要塞の周囲は砂利道。  

 

 ベンチに座ると立ち上がる気力が沸かない。 

 これを引いて要塞を見て回るのはどうみても現実的ではない。 

 追い討ちをかけるように、一人の上品なおばあさんが話しかけてきた。

​ 「申し訳ないけど、このスーツケースで歩き回るのは無理だと思うわ。私は今、行ってきたのだけど。ずっとこんな砂利道よ」 

 私達のスーツケースを試しに押してみながら、ご親切なアドバイス。 

 その辺の茂みにでも隠して行こうと提案してみたが、そんなリスクは犯せないと妹に素気無く却下。 

 交代で見に行くか、これを抱えて歩き回るか、無理矢理引きずっていくか。究極の三択。  

 その時、賑やかな車のホーンの音が聞こえてきた。 

 何事かと思って要塞の入り口へ目を遣ると、ウエディングドレス姿の女性が駐車場に立っていた。次々と停車する車から、ドレスアップした若者が現れる。

 疲れも忘れて、羨ましく眺めてしまった。ムードは満点。どこに佇んでも絵になる彼ら。その集団が要塞の方へ消えていくに従って、よし、あそこまでは行ってみようと決意する。

 荷物を引きずったり抱えたりしながら要塞の入り口をくぐると、美術館の看板があった。
 美術館ならロッカーがあるに違いない!
 

 まだ開館して間もない(そもそも開館していたのだろうか)せいか、スタッフが暇そうにカウンターに屯していた。
 英語で話しかけたけれど、返ってきたのはドイツ語。
 それでも思いは伝わったようで、特別に大きい荷物入れの鍵を貸してくれた。
 
 美術館の展示も気になるけれど時間がない。私達の目的はこの要塞そのもの。
 スタッフの怪訝な視線を振り切って、自由の身となった私達は美術館を出て、要塞探検を開始する。

 要塞というだけあって、その塀はどっしりと立派なもの。所々砲台跡も見られる。
 まだ霧の影響で、視界が悪いのは残念だったけれど、雰囲気を醸し出すには良い演出。
 
昔は馬が駆けたのだろう石畳のトンネルの先には、尖った先端が恐ろしい武器にも見える、頑強な柵が取り付けられている。敵の襲撃時には素早く降ろされ、その侵入を阻んだのだろう。

立派な蝶番で留められた扉も、庭の片隅にある今は使われていない井戸も、中世の雰囲気を伝えるのに充分で、ファンタジー好きな私達の好奇心を存分に満たしてくれる。

 
 ただ、苦労が報われたと喜ぶのはまだ早かった。

 再び荷物を回収して歩き始めた私達は、当然の事実に直面する。
 
 来たからには帰らなければならない。
 
 こんなことならタクシーで来て、それを待たせて置けばよかったと、また無意味な口論をする。
 バス停もあったけれど(もっと調べておくべきだった)、次のバスは1時間以上後だった。
 何とか近道で帰りたかったので、来た時とは別の道を行くことにする。
 数百メートル歩いてから、恐る恐る後ろを振り返る。
「ごめん。やっぱり、道、違うわ」
 こっちに行こうと強く主張したのが自分だけに、落胆の色はなるべく隠し、来た道を引き返す。
するとその横をタクシーが続けて通過していった。
 そうだ。
 これからやってくる人を降ろして空いたタクシーを捕まえよう。
 
 急いで要塞下のロータリーまで戻ってくると、タクシーは見当たらないものの、別のものが停まっていた。
 よく遊園地で子どもが乗っている汽車を模したようなあれだ。
 街まで行くのか聞いたところ、二人で4ユーロという答えが返ってきた。
 私達は迷わず乗り込む。他に乗客はいない。
 
 見た目を裏切らないのんびりとしたスピードで、先ほど歩いた公園内の道を進む。
 ガタガタと激しい揺れで、乗り心地はどうであれ、自分の足で歩かずに住む幸せを噛み締める。
 やがて街まで戻ってくると、予想外の試練があった。
 
 外から丸見えの私達。
 
 人々の視線から隠れる術はない。
 良い大人が二人だけでこんな物に乗ることになるなんて、当の本人も考えたことありませんでした、と心の声を聞く人はいない。
 それでも時間と体力を大いに節約してくれたこの乗り物に感謝して、記念に写真撮影。

 昨日も通った広場へやってくるとマーケットが開催されていた。地元の野菜をメインに軽食やパンも売られている。 ここで、ちょっと早めのお昼にする。  

 スーツケースは邪魔だったけれど、共に歩き回ることにだいぶ慣れた気がする。彼らを連れまわしながら、匂いに誘われるままにうろうろする。初めに食べたのは炒めた玉ねぎがたっぷり載ったパンというかピザと言うか……。  

 玉ねぎが甘くて美味しいこの食べ物は、この時期ならではの名物。 

 そう教えてくれたのは、日本に行ったこともあるという人好きのする笑顔を浮かべた男性。 それと共に、まだ作り立ての若いワインも、この時期ならではの楽しみだという。 

 気持ちの良い出会いに元気も沸いて来る。  

 それからアプフェルシュトゥルーデル。ずっしり重いくらいりんごの入ったパイを買う。

 最後に誘惑されたのはキノコのお店。
 香ばしい匂い。スタンドの前のかごに盛られた新鮮なキノコ。
 横で頬張っている人と同じものを注文すると、出てきたのは炒めたマッシュルームを皿代わりのパンの上に贅沢に載せ、好みのソースをかけたもの。
 

 おいしー。
 

 キノコの旨みがこれでもかと凝縮されて、キノコ自体を食べ終わった後もその旨みがたっぷり染み込んだパンを楽しめる、満足の一品。
 
 活力を取り戻し、駅へと向かう。
 終わり良ければ全て良し。
 うん。コーブルクは素敵な街だった。
 
 特にトラブルなく電車に乗って、バンベルク到着。
 まずはコインロッカーを探す。
 有難いことに駅のホームにあった、が、大きい方は全て使用中。
 蒼白になる私達。
「無理矢理、入れるしかないよね」
 もうトランクに傷が増えるくらいどうってことない。思い切って押し込もうとすると、
「あれ、入るわ!」
 ニュルンベルクの美術館で利用したロッカーより大きい。
 なんと、スーツケース二つが入った。海外旅行には小さめでも、このサイズを買っておいてよかったとしみじみ思う。
 
 今日中にフランクフルトまで帰らなければならない上に、電車は1時間に1本。
 無駄にしている時間はない。さっさと駅を出ることにする。


 駅から世界遺産に登録されている旧市街地までは距離があった。途中、心引かれるお菓子屋さんを見かけるもぐっと我慢して足早に二十分。

 橋を渡った先が旧市街地。 

 前方にはどこから集まってきたのか人、人、人。 

 この旅で一番の人口密度。 さすが世界遺産。 

 人が多すぎて、写真を撮るどころじゃない。人込みを掻き分けるように坂道を上がっていくと、大聖堂が姿を現した。圧倒的なスケールで、その尖塔が天に向かって伸びている。200年の歳月を費やし、13世紀に完成したというその全容を写真に収めようと思ったけれど、到底、無理な話。 

 ふいに辺りに響き渡った鐘の音は建物に負けない荘厳なもので、その迫力に思わずたじろいでしまった私たち。

 けれど、そこで立ち尽くしている場合ではなかった。 

 聖堂自体、十分に素晴らしいものなのなのだけれど、内部を飾る品々も凄い。ドイツ中世美術の傑作と言われるバンベルクの騎士像や、ハインリッヒ2世の墓。そんな芸術作品が右を見ても左を見ても上を見ても並んでいる。  

 バンベルクでのトータルの持ち時間が2時間ほど。 

 大聖堂の横にはバロック建築の新宮殿が建っていたのだけれど、「バンベルク市で最も大きい建物」というだけあって、一周するだけでもかなりの時間を取られそうだったので渋々諦める。 

 それでも足早に見て回ったせいか、食傷気味で街中へ戻ることになった。  

 人波を押しのけながら、「小ベニス」と呼ばれているレグニッツ河沿いの地域へ出ると、なぜだか観光客の姿は少なかった。

 河辺に並ぶ家は一軒一軒違った表情を持っていながら見事に調和。鮮やかな花々が窓辺を飾り、庭先では鴨が日向ぼっこ。暫し長閑な雰囲気に癒される。
 しかし、無情にも帰りの電車の時間が迫って来る。
 行きは良い良い帰りは怖い。
 気持ちは焦るし、疲れはピーク。
 
 妹がやけに無口になったと思ったら、頭痛がすると言い出す。カフェに入って休もうかと思うものの、手頃な店が見つからない。
 
 結局、予定した電車は諦め、街中のベンチにとりあえず腰を下ろす。
 こんなことなら旧市街地でお茶をしとけばよかった。と、またいつもの「後悔先に立たず」。どうものんびりしきれない性分の私たちは、少し休んだ後、まだ余裕のあった時間をお土産購入に費やし、結局、お茶はしないままに、一本遅れの電車に乗った。
 
 バンベルクからフランクフルトへはヴュルツブルク経由で。幸い座ることができ、有難い休息時間となる。
 このルートは初めてなので、通り過ぎて行く景色も新鮮だった。
 窓の外に広がっているのはブドウ畑。よくぞここまで、というくらい急な斜面にもびっしりとブドウの木が植えられている。
 ヴュルツブルクを中心とするフランケン地方はワインで有名だと聞くけれど、本当だったんだぁ、と関心すると共に、空港でワインを買おうと決める。チェコで二日酔い事件が発生して以来、アルコールはNGな雰囲気で、ドイツに来たというのに、ワインもビールも飲んでいなかった。
 
 うとうとしながら電車に揺られていると、途中で親子連れが乗り込んできた。お転婆な妹にお兄ちゃんが何かと世話を焼いている。
 そして母親はというと。
 
 はしゃいだ子ども達について謝ったことをきっかけに、後ろの席の高校生くらいの若者とおしゃべりを始めた。背中合わせに座っていた彼らは、座席越しに会話していたのだが、ほどなくお母さんは席を移動。その若者と本格的に語りモードに突入。
 といっても、お母さんはほとんど相槌を打っているだけ。
 若者は酔っ払っているのか、よほど腹に据えかねたことがあったのか、1時間以上しゃべりまくる。
それも舞台俳優のような激しさで。
 子ども達は完全に放置。
 お母さんは電車を降りるまで、若者から開放されることはなかった。


 そしてフランクフルト中央駅、旅のスタート地点に戻ってきた。
 車両から同じく降りようとしていたのは、見たこともないくらい大きなトランクと青年。引越し???
 
 今日の宿は中央駅からは地下鉄で一駅。
 もう着いたも同然、と思っていたのに、地下鉄の駅自体が馬鹿でかい。出入り口がいくつもある。頼みの綱は宿から受け取ったメールの道案内文のみ。
 地下では埒が明かないので地上に出るものの、薄暗い中では道路標識も見えない。右も左もわからない。大通りに沿ってとにかく歩き始めて数分。
 前方から見覚えのある男性が。
「あの人って・・・」
 妹と頷き合う。
 あの、巨大荷物の青年だった。流石にあのトランクはどこかに預けたのか、小さいトランクにリュックのみ背負っている。
 中央駅で外へ出て行った彼がこちらに向かってくるということで、中央駅の方向だけは間違いない。思わず話し掛けそうになりながらすれ違い、通り名を一本ずつ確認しながら歩き続ける。このままでは振り出しに戻ってしまうと気づき、やってきた大学生らしき二人に声をかける。
「やぁ、どうしたんだい?」
 とっても気さくな彼らにほっとして、道を尋ねる。
「うーん、そんな通り聞いたことないな。あ、でも待って、いいものがある」
 そう言って一人が取り出したのがiphone。宿の住所を打ち込んで、あっという間にルートを検索。
「あ、ほら、ここだ。この道を真っ直ぐ行って、次にぶち当たった通りを曲がって、しばらく行けばあるよ」
 はい、これでメモしたら、とさっとペンを差し出してくれる。まさに至れり尽くせり。

彼らとの出会いでしばし疲れも癒されて、道順もわかったことだし・・・と意気揚々と歩き始めたのはよかったが、工事中のエリアで、人気がない上に、日もどっぷり暮れてしまった。
 その上、1ブロックが半端ではない距離。ちょっと次の角、が疲れた体には永遠にこないんじゃないかと思えてしまう。
 やっと目的の通り名が目に入ったものの、見渡す限り、それらしき建物はない。だだっ広い空き地か、工事中の敷地か、メッセ会場しか見当たらない。
 
「本当に、本当に、ここであってるの???」
 ウォーキング中の通りかかった人に聞いてみる。
「あの、このホテル知ってますか?」
 おばさん二人組みに英語は通じなかった。
 その次に来たおじさんにも英語はできないと拒否された。
 別に尋ねた人には知らないと言われた。


「そうだ、ホテルに電話しよう」


 なぜだか自動応答になってしまう。英語の説明も流れるけれど、早口すぎて聞き取れない。
何度か試して諦めた。宿を探し始めて一時間以上。駅から歩いて数分のはずなのに…。
 
 その内、人も通らなくなった。開拓中のエリアだから仕方ない。もちろん、タクシーだって走っていない。もう、人通りの多い地域まで戻る元気もなかった。
 しばらく呆然と立ち尽くしていると、若い男の子がやって来た。期待せず、取り敢えず聞いてみる。
「あの、このホテル、知ってますか」
 知らないと思うけど。
「ああ、ここ。知ってるよ。もちろん」
 彼はあっさりとそんなことを言う。
「ほら、あの先。建物の間からサインが見えるだろう」
 頭が働かないものの、とにかく進むべき方向は合っているようだ。
「ありがとう!」


 十分後。私達は目的の宿に到着した。
 ホテルのカウンターを取り仕切るのは一人で、合間に併設のカフェの給仕もしたりするものだから、なかなかチェックインができない。
 
 やっと順番が回ってきた。
担当のお兄さんはなかなか感じが良い。でもこちらは、笑顔を浮かべるのも億劫なほど疲れ切っている。
 駅からの道順を確認すると、地下鉄の別のラインに乗っていたことが判明。
 全て誤っていたわけだ、初めから。
 
 ようやく鍵をもらって部屋へ入る。
 そこは四人部屋。大きなダブルベッド一つに二段ベッドが一つ。スーツケースが置いてあり、ダブルベッドは既に予約済み。
 
「どうする?」
 どうする、とは食事のこと。時刻はもう九時でお腹はぺこぺこ。明日は朝出発なので、あまり今日遅くなるのもな。でも、ドイツ最後の夜だし…と思考がまとまらない。
「はっきりしてよ!」
 思いつくまま、うーん、でも、やっぱり…とやっているうちに妹と険悪な雰囲気になる。
 
 結局、教えてもらった地下鉄の別のラインに乗り(駅は驚くほど近かった)中央駅へ。
 豪華にドイツ料理フルコース!といきたかったけど、疲れて果てていて胃が受け付けそうもない。せめてドイツパンくらいは食べよう、と思っていたのに、店の多くは閉まっているか、商品がほとんどない。わざわざここまで来たことを無言で後悔しながら、駅の中で行ったり来たり。


「もう、ここでいいやん」
 たどり着いたのは駅の中にあった魚料理のファストフード店。好みの魚をパンに挟んでくれるようだ。恐ろしく手際が悪く、機嫌も悪いお姉さんが取り仕切る店で、やけに待たされながら、見た目で選んだ魚を指差す。
 すると、カウンター越しにスタッフが何か言って来る。
 工事中の駅構内はすさまじい騒音で、全く聞こえない。もっとも聞こえても理解できないドイツ語。だが、妹が身振り手振りを何とか汲み取った。
「あ、もう一個選べるらしい」
 閉店間際だったことで、1つ買えばもう1つもらえるというラッキーな状況。
 たちまち私達の機嫌も直る。
 受け取って店の前で頬張ると、予想以上に美味しかった。さっぱりとした魚のマリネがフランスパンとよく合う。

 おいしかったね、と笑顔を取り戻し、部屋へ帰ると先客がいた。

「あ、Hello」 まだ若い、ドイツ留学に来た台湾人だった。1人は日本にも住んでいたことがあるといい、もう1人もJ-POP好きだということで、パソコンで邦楽を流していた。今日、着いたばかりだという彼らと、今日が最後の夜となる私達。勝手に不思議な縁を感じる。  

 先にシャワーを浴びた彼らは、私達の準備が終わるまでさり気なく起きて待っていてくれた。私達を気遣ってくれる思いが伝わってきて、それが申し訳なくもあり、嬉しくもあった。体はへとへとだったけれど、彼らの優しさのおかげで棘棘した気分はすっかり収まって、穏やかな気持ちで眠りに就けた。 男の子同士でダブルベッドもありなんだな、なんて考えつつ。。。

  

 バーの真上に位置していたため、安眠とはいかなかった一夜を過ごし(夜中に怒鳴り合いが聞こえて、ベッドの上でハラハラしていた)、予定より早めに起床。 

 まだ熟睡中の隣の二人を起こさないようにと思うのだけれど、設備は新しいくせにバスルームのドアは必要以上に軋る。身支度を終える頃にはすっかり目を覚まさせてしまった。

 私達が出るまで寝たふりをしてくれて、別れる際には起き上がって手を振ってくれた彼らのドイツ留学が上手く行くことを心から願って、宿を後にする。   

 

 空港へ向かうため列車に乗り込むと、切ない気持ちになった。 

 私達の旅はこれで終わる。 

 まだ旅を続ける人々、これから旅に出る人々に妬ましい視線を送ってしまうのもいつものこと。次はどこに行こうかと、心が彷徨い出すまでは、この旅の余韻に浸ることにしよう。