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イタリア家族旅行1日目 ヴェネツィアへ

<2019年6月から7月にかけて、主にイタリアを旅した記録。>

気が付けばあっという間にやってきたイタリアへの家族旅行。


一人旅とはまた違うワクワクと、主に諸々の下調べやら予約やらをしていた自分がミスるとみんなを巻きこんでしまう、というドキドキが入り混じった緊張感が新鮮だ。

一人で適当にぶらぶらしようと考えていた当初からは予想もしなかった展開だが、おかげでいつも以上に事前リサーチに取り組み、準備はばっちり、と思いたい。


関西空港から経由地のパリ、シャルル・ド・ゴール空港までは特に問題もなく、予定通り到着した。ヴェネツィア行きの飛行機を待つ間、しばし体を伸ばす。


久々のシャルル・ド・ゴールだなぁとぼんやりしていたところに、妹が「風邪ひいたかも・・・」とちょっぴり赤い顔で告げてくる。

『ええ!今!?』という心の声を思わず口から漏らしつつ、実際に私にできることはあまりない。とりあえず座って大人しくしておいてもらおう。

まるでサンルームのような、天井までガラス張りのモダンな待合ロビーで日光に焼かれながら、熱っぽいのはこの日差しのせいと暗示をかけ、気合で乗り切ってもらうことにした。


私は高い場所から見える景色が好きだ。

だから飛行機の座席でも、トイレに立つ時の不便さより、窓から見えるかもしれない景色を重視する。(最も安い席の中から選ぶので、たいがいは翼が邪魔でよく見えないという結果になるが。)


今回、このパリからヴェネツィアへの飛行ルートは、窓側で大正解だった。

ちょうど夕暮れに向かう時刻。赤く色づいてきた空の端を機内から観察していると、遠くに白っぽい、雲の塊のようなものが見え始める。

もしかしてイタリア方面は天気が悪いのだろうか。

心配になっていると、次第に近づいてきた「白っぽいもの」の全容が明らかになった。


「あれ?雪山?・・・あ、アルプス山脈!!」

全く考えてもいなかったが、パリからヴェネツィアを結ぶと、ちょうどアルプスの真上を通っているじゃないか!人生初のアルプス山脈!



流石にヨーロッパ最高峰、眼下に迫って見える雄大な山々に私のテンションは一気にあがり、窓越しにスマホで写真を撮りまくる。

スイスを2回も訪れ、その手のドキュメンタリー番組をかかさずチェックしている母に、機内からみえる山影を指さしては、あれってマッターホルン?などと正解のわからない難題クイズを出して盛り上がっているうちに、黒っぽい山肌が増え始め、やがてうっすら冠雪するだけのゴツゴツした山並みに変わった。


「この辺はもう、旅の後半に訪れるイタリア北部のドロミテかなぁ~。」

さようならアルプス、いつか行くからね!と心の中でお別れしていると、飛行機の高度が徐々に下がりはじめる。

そしていつの間にか、窓越しの景色は海辺へと変わっていた。

ヴェネツィアが地中海に浮かぶ小さな島々で構成されていることは、何度も開いた地図で理解していたが、実際に上から見ると、本当に小さな塊が幾つも海上に散らばっているのがわかる。

その中でも一際建物が密集している島が、旅の最初の目的地だとすぐに気が付いた。もはや島全体が一つの建築物のように、海岸線ギリギリまで隙間なく赤い屋根に覆われている。


その島を回り込むように旋回した機体は、対岸の大陸側にあるマルコ・ポーロ空港にゆっくりと着陸した。

いよいよ旅のスタートだ。


空港からは、ヴェネツィア本島の入り口までバスで行き、そこからヴァポレットと呼ばれる水上バスで街の中心を少し外れた宿の側まで行くことになっている。島内に車両は入れない。

宿の人が、乗るべき船の路線や駅名、所要時間も教えてくれていたので、バスとヴァポレットのセット券があることも事前にチェック済み。

それを購入しようと、空港のサービスカウンターでたずねる。


「え?バス?どの停留所に行きたいの?ああ、そこならバスじゃなくて船だよ、船。」

「いやでも、宿の人から、空港からバスに乗って、本島でヴァポレットに乗り替えてと言われてるんですけど。」

「何?だってZattereでしょ。ならバスじゃなくて船だから。何でわざわざ乗り換えるの。とにかくこの船のブルーラインに乗って。」

「いや、でも、そんな船に乗るなんて話は・・・。」

「とにかく、一人15ユーロだから。何人?4人なら60ユーロね。はい次の人!」


日本を出発してから17時間。

日本時間では、すでに夜中の3時だ。思考力は低下しまくり、これ以上抗議しようという気力を削いでいた。

あきらめの境地で言われた船の時刻表を確認すると、出発まであと10分もない。しかもその次は1時間後―。

「乗り場どこ?」

「向こうみたい。」

妹が指さす先には、空港の建物からつながる、先が見えないくらい長い長い連絡通路。

とりあえず行くしかないとスーツケースを引きずりながら速足で進んでいくと、「あと450m」というサインが目に入る。


「もう5分しかないのに、間に合わへんやん!!!」

とにかく誰かひとりでもたどり着かなければと、速足から小走りになり、終いにはダッシュになる。

エスカレーターも駆け下り、やっと船着き場が視界に入ったところで、ブルーラインの矢印が見えた。その先に目をやると、100メートルほど行ったところに制服姿の人が立っている。

その時点でちょうど定刻。一縷の望みをかけて近づいて行ったが、まさに船体が離岸しようしているところだった。


『チケット売り場でスタッフと揉めなければ・・・。いやそもそも、もっと主張してバスチケットを買っていたら・・・。』


夕景の中にゆっくりと遠ざかる船を見送りながら、しばし呆然と佇む。

「まあしょうがないわね。」

母がみんなを励ますように言った。


そうだ、旅にトラブルはつきもの。1時間待つくらいどうってことない。

気持ちを切り替えると「夜9時過ぎに到着します。遅い時間でごめんなさい。」と伝えていた宿の人に、「大変申し訳ありませんが、夜10時過ぎに到着します。」と遅延のメールを送信した。

どうか問題ありませんように!


想定外に利用することになった船は、空港からヴェネツィア本島を直接結ぶラインではなく、ガラスづくりで有名なムラーノ島やリド島などを経由しつつ、本島の外周をぐるりと回る路線だった。

目的の駅は終点の一つ手前、約80分の船旅だ。


1時間待って乗り込んだ船は、座席が3分の一ほど埋まったところで出航。現地時間の夜21時はまだ薄っすらと明るく、夕闇が迫る中、島に建てられた小さな教会や狭い航路を行き交う小舟が、次々と目の前を通り過ぎていく。

海面すれすれの大きな赤い月が島々のシルエットを照らす様も美しい。

まさに旅情を誘う光景をうっとりと眺めていたはずが、次の瞬間には意識が落ち、船内の窓に頭をぶつけたり、カメラを取り落としたりして目を覚ます。


そんなことを繰り返している間に辺りはすっかり暗くなり、船は本島の護岸に沿って走っていた。

空から見ていた印象どおり、本当に水際まで堅牢な壁が迫っている。

街の喧騒は感じられず、停留所や建物の奥から漏れてくるオレンジ色の温かな灯りだけが、控えめに夜の海を照らしていた。


停泊のため、岸に近づいたり離れたりを繰り返していた船は、島に沿って反対側へと回り込む。

途端にまぶしい光が目に入り、目的地が近いことを知らせてくれた。

ヴェネツィアの中心地、サン・マルコ広場の海岸沿いは、流石にまだ夜を楽しむ人たちが集まっていて活気があるが、ネオンサインも白く輝くLED照明もなく、どこかのんびりしてみえる。

下船していく家族連れを見送ると、船内には私たちだけが残されていた。


宿に送った到着が遅れる旨を伝えるメッセージは、送信済みになっただけで返信はない。

当初の予定では、船着き場まで迎えに来てくれることになっていたが、ちゃんと伝わっているだろうか。

過去の悪い事例が思い浮かんで俄かに不安になる。

個人で運営している宿を選ぶと、ホテルにはないユニークな体験ができることは間違いないが、宿の人に無事に会うまでは気が抜けない。


徹夜明けのような、目は冴えているけれど思考の鈍い頭で、宿の紹介写真に写っていた主人の顔を思い出しながら桟橋に降り立つと、すぐに小柄な男性が近寄ってきた。心配は杞憂に終わったようだ。


やれやれ長い一日だったと、無事の到着にみんながほっとしたのもつかの間、母が青い顔でつぶやいた。

「船の中にカメラを忘れてきたみたい。」

「ええええ!!」

船会社のカスタマーセンターは、当然ながら営業時間外。今できることは何もない。

船の中に私たち以外の乗客はいなかった。日本なら、まず間違いなく落とし物として回収される。

「きっと届いてるよ!明日聞いてみよう!」


私はこの時少し楽観していた。落とし物は届けられて当たり前の国に住んでいると、無意識にそう思ってしまうのかもしれない。日本、良い国だな。


#イタリア #ヴェネツィア

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